だいちのこと嘘つき日記

本当と嘘とその間の隙間

表現破壊論

現在の若者において はやり根本的リテラシーがなくなったいるんだな。
どんどん表現は簡単なものへ移行していく。
誰でも手に取り易く、便利なものに人々の興味をそそがれ。
感情の垂れ流しになる。そして、どんどんツールによって皮を剥がされて丸裸にされる。
ただのツールだと思っていた物に利用され、支配される。
それはどんな芸術に対しても言える事でPOPなものになってしまう。
それは良い事でもあり、悪い事でもある訳ですが、みなさんはどう思うだろう。
初見や初聴ですべてのイメージが決まってしまう。それこそ、表現の何たるかなんてマニアの人にしか受けなくなってしまう。しかしながら、だからこそ、その表現は分る人にしか分らない価値の高いものとして受け取られる。今はインターネットという便利なものがあり、素人向けのサイトもあるが、それこそ、やっている事は同じで。多くの人が見れば見るほど、多くの人は発信するだろう。しかしながら、そこで発掘されるものが多くなるたびに、あそこで上にあがって来なければ、評価対象にすらならないで捨てられて行く。メジャーの上の方も、今までどおりブームじゃないけど、多く発信され、使い捨てられ、後にも残らなくなってしまう。
表現の破壊活動がすっごい最近起こっている分、どんどん表現者は出てきて、使い捨てられ。
それこそ、今出てくる後に残る物は少ないのではないだろうか。

だからどうすればいいの?って事になるんだけど、
僕が思うのは、リテラシーを持つために、本を読むこと。
そして、良質な情報を手に入れる事。

まさにオールドメディアは崩壊すると言っているが、絶対に残る。それこそ、衰退はするにしても、
そして、1〜5年、オールドメディアは、質を高めるしかなくなる。なので、活字を読めって事ですわ。手に取るものを手に入れろって事ですわ。それはある面ではエコではないが、そんなの別に気にするな。どんどん情報を入れろ。リテラシーがないなら、本と雑誌を読めって事だね。

表現者も宣伝はいろいろしてもいいけど、物を作るしかないよね。
それこそ、音楽なんてもう物じゃない。時代はダウンロード。
いろんなものがダウンロードで済まされる時代だからこそ、それじゃないものを手に入れるべきだ。
時代に逆行するという事ではない。乗りながら、考える事である。
時代を加速させるしか僕達にはもう出来ない。だって世界はある程度平和だもの。
時代を変化させるのでは革命ではなく、更新でしか出来ないのだ。