先生
私の知ってる男の子がいた。
彼は煙草を吸って、ビールを飲んで
静かに体を揺らしながら、音楽を聴いていた。
私も昔はよくこのライブハウスに来ていたものだ。
当時の私は学生で所謂グルーピーの中の一人だった。
みんながみんな私だけは特別で、バンドのメンバーと飲むだけで
その人の女になってつもりでいた。
The Doorsを聞いて、ダブルの革ジャンを来て、真っ赤な唇をしていた。
いろんな人と恋に落ちて、いろんな人を傷つけて傷つけられた。
前座の若いバンドは中々良かった。
きっと80年代のロックバンドが好きなメンバーがいるんだろう。
私にも聞きやすい。
身の覚えのある後ろ姿は
いつもよりなんとなく大人っぽいなと感じた。
演奏が終わった時、彼は振り返り
私に気づいたのか。
煙草の火を消して、ビールを飲みまして駆け寄ってきた。
「先生。こんばんわ。」
「こんばんわ。だいちくん、結構やんちゃなのね。」
「停学ですかね?」
そう上目づかいで、私を見る。
「大丈夫よ。見なかったことにしてあげる。
だから、今日私がここにいるのも秘密にしてね。」
そういって、私は彼から煙草を没収して一本取り出す。
「火。」
「あっはい。」
そう言いながら、彼は私の煙草に火をつける。
「ふぅ~。」
久しぶりの煙草は、少しくらくらしたが
なんだか懐かしい感じがした。
「ほら、返してあげる。」
彼は受け取りながら
「先生も吸うんだ。真面目な先生だと思ってた。」
「昔吸ってた。今はもうやってないけど。後、先生はここではやめてね。」
「はい、分かりました。」
彼はさっきのバンドを見に来たらしく
よく笑い、楽しそうに話していた。
ここは彼にとって、自分らしくいられる場所なんだそうだ。
そういう逃げ場所があるというのは、いいことだと思う。
きっと彼も見えていないところでいろんな我慢をしたり
偽っていたりするんだろう。
彼は優等生でもなく、不良でもなく、所謂普通の男子生徒だと私は思っていた。
ただ、やはり普通の生徒なんていないのだ。
彼らは彼らなりに悩んで、そしてもがいているんだ。