だいちのこと嘘つき日記

本当と嘘とその間の隙間

どこかが壊れた大人たち

バーで飲む女編

 

とても綺麗な女性。

髪が長く、まっすぐに、

いつも一人で来て、ウイスキーを一杯ゆっくり飲みながら

うっすらとベージュのカバーの単行本を読んでいる。

一度だけ、声をかけたことがある。

「お姉さんは、よく読書をしていますよね。

 私もよく本を読むんですよ。」

彼女はメガネをはずして

「あっこれは、読んでないんですよ。

 話しかけられたくないので、読んでいるふりをしてるだけなんです。

 ほらっ。」

と開いた本は本ではなく、ただの白紙。

「ねっ。」

と言って、少女のようなあどけなさで笑う。彼女に

少しドキッとした。

「だから、私には話しかけなくていいの。ここにいると落ち着くの。」

「でも、話かけてくれてありがとう。変な気を使わせてしまったわね。」

といって、またメガネをかけた。

 

考えてみれば、このバーは少し薄暗い。

小さな文字を読むのは、たやすくはないはずだ。

「いえ、大丈夫です。どーぞ、いつものですです。」

「ありがとう。」

 

私は今日も寂しさをロックで飲み干す。

氷で薄まったそれを、ゆっくりと唇につける。

そうすると少しほっとして
のどからゆっくりとゆっくり体内にいれていく。

そうすると体の内側からつぼみから花が開くように、

少しずつ温かくなってくる。

私は一週間に一回。とても疲れた時にここにくる。

とても静かで私に養分をくれる。

そして、また明日から私に戻れる。


いつもどこかに行きたいと思っていた少女の頃。

この街はまるで檻みたいで、とても自由で夜さえ光り続けている街なのに。

憧れてこの街に来た。ここは仕事さえいたるところにあり

自分で生活していくお金さえもっていれば、どんな人でも受け入れてくれる。

 

私は自分でいうのもなんだが、とても整った顔をしている。

小さな頃から、ひきりなしに可愛がられてきたし

男に声をかけられるのもしょちゅうだ。

 

私の顔をみてくれる人はいるけれど

私の頭の中や心の中を覗こうとしている人はいない。

誰かの頭の中にいる私はどんな私だろう。

そんなんじゃない。そんなんじゃない。

 

家に帰れば、すぐにビールだって開けるし

普段はTシャツとジーンズで化粧だってしない。

部屋の中で漫画をずっと読んでいるのが好きだ。

 

このバーはいつだって私を向かいれてくれる。

ちっとも話かけて来ないし、静かに休むことができる。

背の高いバーテンダーが隣の青年を話している。

彼はひどくよっているらしく、無邪気な笑顔で話している。

 

そっと話を聞いて見る。

女の子にふられてしまったらしい。

その女の子は年下で、インターネットで出会った女の子らしい。

2週間という短い期間でふられたらしい。

 

悲しい、悲しいと言いながらビールを飲んでいる。

でも、とても楽しそうだ。

なんだかおかしいやつだなと思って耳をすましてみる。

 

「お姉さん、美人ですね。

 でも、僕は美人は大嫌いなんですよ。イキってるでしょ。美人って。

 それだけで得をするんだ。そういうやつは僕が嫌いなんですよ。」

そう近寄り話してきた。

「ねぇ、どんな本読んでいるんですか?どーせくだらないものを読んでいるでしょ。」

私は無視をした。

「ねぇ、やめなよ。」

「ごめんなさい。いつもこんな感じなんですけど、とてもいいやつなんです。」

そう店員さんがフォローしてくる。

「大丈夫です。」

なんだこの男は、むかつく。

むかついて、私は一言。

「うるさい。」

「あっ話してくれた。」

にこにこ笑って、去っていってしまった。

 

「もう一杯くれない?」

私は2杯目を飲んだ。

今度は勢いよく飲んだ。

すーっと体に落ちてくるのはさっきとは別のものだ。

ズドンと胃に落ちてくる。

 

「お姉さんの一杯、僕のにつけといてよ。」

青年はいって、帰っていった。

さっきとは別人のように背筋をピンとして

 

「あの子は誰?」

「あぁ、彼はここによく来るんです。」

「どーも女の子のけつを追いかけるのが好きらしいです。

 いっつもふられたといっては笑ってここにくるんですよ。」

「あら、そうなの。変な人ね。」

私はそろとても変な人に一杯おごられた。

虫酸が走る。気持ち悪くなり、体がかゆくなる。

お風呂に入りたい。お風呂に入りたい。

私は強くそう思った。