馬場のバー
彼はいつもバーカウンターの端っこに座っている。
「悲しい、悲しい。もう一杯。」
私はその姿を何度かみた。
いつも私より先にいて、私が帰る頃にもまだいる。
悲しい表情なんてせずに、いつも笑っているのに
言葉だけはいつも寂しい、悲しいとか言っている。
今日は人が空いていて、隣に彼がやってきた。
「なんで、いつも悲しい。悲しいって言っているのに
笑っているんですか。」
「そうやって酒を飲むのが好きなんだ。
そうすると悲しいかどうか分からなくなってくる。」
「ふ~ん。変なの。いつも不思議に思っていたの。」
「あなたと話すのははじめてだもんね。ここでは僕はだいちゃんなんだ。よろしく。」
「みんな、だいちゃんっていってるものね。いつも酔っ払っているおかしな人でしょ。」
「うん。いつも酔っぱらって、おかしな言葉ばかり言っている変な人。」
マスターが、笑って「だいちゃん、女の子に絡んじゃだめだよ。」
「うん、大丈夫。大丈夫だよ。マスター。ありがとう。」
この人はいつも思っていたのだけれど、誰とでも仲良くなる。
すっと懐に入っていくような不思議な感覚がある。
いつしかマスターが彼に弱音を吐いていた。
彼はにっこり微笑んで、話を聞いていた。
マスターはその後言っていた。
「だいちゃんには弱音が出ちゃうんだよな。
不思議なやつだけど、なんだかみんなに気に入られちゃうんだ。
印象強いやつでし
ょ。」
それから、何度かだいちゃんとそのバーで会った。
彼は一人で来るか、大体彼の友達と二人でいた。
その日、彼はいつもと違った。
静かに強いお酒をちびちび飲んでいた。
いつもは笑っているのに、何かずっと考え込んでいるようだった。
マスターが
「あっ、今日ね。そういう日なんだよ。たまにあるんだよ。
そういう時は、一杯強い酒を飲んで帰るんだ。」
彼は何か遠くを見つめて、ずっと酒を飲んでいた。
「マスター、今日もありがとう。」
そう、言い。お会計を払いでていく。
「あっ、この前話したよね。
名前覚えてないんだ。もう一度教えてくれる?」
彼はにっこりと笑った。私は名前なんか教えたことはない。
「あかり。あかりっていいます。」
「あぁ、あかり。今度はちゃんと覚えておくから。」
「マスター今日もありがとう。」
そう言い、彼は帰っていった。
「あの人って、何の仕事しているんですか?
いつも来ているようだけど。。。」
「分からないんだよ。ここはいろいろ聞かない店だからね。
でも、きっと仕事は出来るんだろうね。そんな気がする。」
「不思議な人ですね。」
「うん、不思議な人だよ。気になった?」
「ちょっとだけね。ちょっとだけ。」