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だいちのこと嘘つき日記

本当と嘘とその間の隙間

2011年07月25日22:16

人それぞれ考え方が違う。

最近、そういうものを見直に感じる。

例えば、ブログやmixiの日記のコメントであったり。

それは、至極当然な事で誰が間違っているのか、正解なのかなんてものは存在しない。

結局、YESかNOかで2択にしてしまうし、その過半数であるものが、正解と言われているけど、それが正しいかと言われれば、僕は分からないと答える。


結論を言うと、どっちを選んだ所で、後悔や迷いは生まれるだろう。

だから、自分自身で責任を持って選択をしなければならない。


その答えで与えられた自分の影響だけではなく。
その選択によって自分が他社に与える影響さえ、考えなければいけない。
そして、読んでいる君はそんな事考えてたら、選択出来ないよ。なんて、言うんだろう。

当然である。
世の中でそんな事を考えない人の方が多いし。

だとしたら、その考えないで選択する事が正しいと言う味方も、納得出来る。

でも、見てみなよ。
そんな事考えない人間が多すぎるから。

世の中は思ったより優しくないのではないか。

政治、社会、メディア。一方通行なベクトル故に、交わらないのではないか。

結局、人間は危機感ならなんやら負の感情が起こった時にしか気にしないのだ。

気づけば、僕だって、震災の現状なんて興味が無くなっている事に気が付いた。

気付いても、現実的に直接的に間接的にだって、何も出来やしない。

ただ毎日を一生懸命生きるしかない。
それが周り回って経済を良くして、誰かを助けられるかもしれない。
けど、そんなの分からないよね。

だとしたら、一生懸命生きる中で、余裕がある時だけでも、目の前に困っている人を手助けするべきだよなと思います。


みんな幸せなんて無理だけど、みんながたまに幸せなら出来ると思うから。

今日嫌な事あったけど、その分誰かが幸せだったらまぁいいか。

なんて、たまには聖人君子みたいな事も思います。

今週の目標は1日1回、1時間ロックを聞くことです。

あの人の悩みは例えるなら
目の前に苦しんでいる人を助けるか
10年後の100人を助ける事
それならば、どっちも助けたらいい。

インターネットは思いもよらぬベクトルから意見が飛んでくる。
それは自分の脳味噌にはない考え方だったりして
それを受け入れるだけの器量さえあれば、有効に使える。

自分の言った言葉を僕は未だに上手く伝えられずにいる。
それは違うんだって、そういうことじゃないんだよって思うんだけど。
どうも難しい。理由さえ分かっている。
僕の言葉は空気に触れて屈折して、誰かに入る。
んでまたその誰かも屈折して誰かに伝わるのだ。

ただやっぱり向上して生きたい。
向上して生きたいけど、その為に何かを犠牲にするのは嫌だなと思う。
まだまだ若いのか、ただ単に甘いのか。

それでも、僕は僕のままで、変わらないし
成長はするけど、ありのままの素直な良さは忘れずにいたい。

最近は余裕が出てきたのか。
アンテナを張れる分、悩み事も多くなったし、考え事も多くなった。
いい傾向である。

まとめ:僕は君に優しくしたい。そう君に、あなたに優しくしたいのだ。
    そして、みんなに幸せになって欲しいし、僕自身もそうでありたい。

僕は僕を救い続ける。それは、歳をとっても変わらない。
それはもしかしたら、僕以外の誰かを救えるかもしれない。

世界はそんなに悪いものじゃないよ。

正義を掲げることは僕には出来ない。
なぜなら、僕は、撃たれる勇気なんてないのだ。
正義を掲げるものは自分と他人の影響さえ考えた上で
これが正しい。矛盾を分かっていてもそれは正しいと思わなければならない。

僕はそれならば、世の中で唯一絶対的な正義があるならば、それは愛だと思うので

それを掲げたい。でもまだそんなことできそうにもないから。

身近なとこで優しくしとくのだ。

 





いつか破滅的に燃え尽きる為に