だいちのこと嘘つき日記

本当と嘘とその間の隙間

メモ

「男は好きな女に寂しいと言ってはならない。」

祖父はそう言った。

5歳の僕はその言葉の意味を分からずに

15歳の僕はその言葉を知る前に祖父の死を見た。

静けさが漂う夏の朝に青白い顔をして青白い空気の中で

静かに安らかに眠る祖父の顔と祖母の左目から静かに流れた涙を僕は今だに思い出すことがある。

それは悲しいんではなくて、ただただ美しい光景だったということ。

 

それから僕は20歳になり、祖父の言葉を知ることとなった。

大学生であった僕は、好きな女の子と付き合っていた。

告白したのは彼女の方だった。

「付き合ってください。」

相手もそれ以上のことは言わなかったし、

僕もそれ以上、聞かなかった。

 

祖父が死んだ夏が過ぎた頃に

僕は「寂しい。」と呟いた。

彼女も「寂しい。」と呟いた。

二人の寂しいは繋がらなかった。

ただそれだけのこと。

 

冬になり、祖母がいる田舎の町にいった。

祖母は祖父が死んでから、二日後には

もう以前のように明るくなっていて。

今の同じように明るく振る舞う。

「おじいちゃんって寂しいって言った事ある?」

「ないわね。どーしてそんなこと聞くの?」

「昔言われたことがあるんだよ。男は好きな女に寂しいと言ってはならないって。

 その言葉がさ。どーも忘れられなくて。」

「あら、好きな子でもいるの?」

「好きかどうかは分からなかった子ならいた。」

「あら、そうなの。おじいちゃんはね。寂しいっていったことないわよ。

 でも、寂しかったと思うわ。ほら、あたしって昔から自由で。家の中にあまりいなかったじゃない。」

「そうだね。でもなんで、そんなこといったんだろう。」

「それは、大人になったら分かるわよ。好きな子が出来たらね。あんた、その子に振られたでしょ。

 昔から愛想が無いものね。おじいちゃんに似て。」

「不器用なだけさ。」

「顔は私に似て、素敵な顔なのにね。」

なんて祖母は笑った。

僕もそれを聞いて、苦笑いをした。

「きっとそのうち分かるわよ。」と祖母は笑った。

祖父の写真も気のせいか、少し笑っている気がした。

 

 

 

【メモ】

僕は通り過ぎる景色を横で見ながら、

とりわけ近くにあった電機メーカーの大きな看板には目もくれずに.

ずっと遠くの方を眺めていた。 

 

僕は彼女の運転する小さなフォルクスワーゲンに乗りながら、助手席でCDを取り替えては、窓をあけて煙草を吸っていた。「どこへ行こうか。」というものだから。僕は「どこへでもどうぞ。」と微笑みながら、知らない森の中に入っていった。大きな古びた城には、安っぽい名前がついていて、僕らはそこの一番大きな部屋で抱き合って眠った。何処かに逃げているような気もしたし、どこでもない夢の中にいたような気がする。

そして僕らはまた車ににのる。

とったばかり運転免許の写真を見せたら、彼女は笑った。

その後、三時間ほどドライブしたけれど、知らない街の知らないラジオを聴いて二人で笑っているばかりだった。

僕らはそうやって日常に戻る。対してめずらしくもない映画のラストシーンみたいになる事を願いながら。